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 気まぐれ日記 

計量士の旅 

私の小さな旅 

私の博物館  

----------------  計量士としての活動を提供する広場です。 ------------------
 
 

私は、計量士になるまで7年間もかかってしまいました。
平成10年に、適正計量管理主任者研修会を受講した時に、講師の計量士(馬場先生)のようになりたいと思い、
それから毎年、計量士国家試験を受けましたが、なかなか合格できませんでした。
途中で、もうやめてしまおうかと思ったことが何回かありましたが、本当にあの時に、やめなくてよかったと思います。
ここからは、計量士となった私の活動を紹介すします。
資料は容量が多きいのでご希望の方は、下記のアドレスへメールにて資料請求をしてください。PDFで資料を送付します。

kameto0831@m5.catvmics.ne.jp

ネジ測定用三針の精度確認」
愛知県名古屋市の産業技術記念館にある豊田英二記念室に展示してある「三針」の精度確認をし、中部遺産研究会にて発表した資料を紹介します。 
「御嫁入りした秤乃館を訪ねて」(2019/04/01)

嫁入りした秤乃館を訪ねて、東洋計量史資料館を訪ねて長野県松本市へ行きました。松本市へは20年ぐらい前に一度行ったことはありましたが、ゆっくりと街の中を歩いたことはありませんでしたので、今回は資料館と松本城をみてきました。

資料:秤乃館が嫁いだ東洋計量史資料館を訪ねて
「再び産業技術記念館を訪ねて」(2014/07/09)
と題して原稿を書きました。気が向きましたらぜひ読んでいただく。この原稿は、日高先生と中部遺産研究会にて、ワイヤーゲージについて報告をさせていただいた内容をもとに、豊田喜一郎生誕120周年の特別展を見にいったことを、まとめて原稿にしました。
「夢 出会いに感謝 秤乃館を訪ねて」(2014/6/18)
これまで、秤乃館を書いた原稿を整理し集約しました。

・「秤乃館を訪ねて」+「再び秤乃館を訪ねて」
⇒「夢 出会いに感謝 秤乃館を訪ねて」
「再び秤乃館を訪ねて」(2014/3/30)
閉館前に秤乃館を訪ねた原稿を作成しました。

秤屋建造館長さんと閉館を迎えたのお話をしてきました。
「トヨタ自動車の規格を何故メトリックに変更したか」
昭和の初期、まだ尺やインチなどのあらゆる単位が使われていた日本の中で、自動車モノづくりに関係のある計量単位「長さ」をメートルに切り替えた豊田喜一郎。それは、昭和12年のことであった。
「メートル法への統一を前に」
昭和32年4月10日、内閣総理大臣 岸信介から全国民に向けてメートル法へのメッセージが発信された。

 

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